≪母として≫

3.1997年5月6日〜その日起きた事(2)〜

そのあとの事は、記憶がうまく繋がりません。
ところどころ鮮やかにフラッシュバックするシーンもあれば、どうしても思い出せない部分もあります。 人の記憶は不思議なもので、忘れたくない事は忘れてしまうし、忘れてしまいたい事やどうでもいいような つまらない事を覚えていたりするものです。

救急車を呼ぶ電話のプッシュボタンが、手が震えてうまく押せなかった事。
受け入れ先の病院がなかなか決まらず、救急車の中で額に汗を浮かべながら心臓マッサージをする救急隊員の方の姿。 大きな手で押さえられる徹の小さな胸。

搬送された大学病院で、医師から「心肺停止の状態だったので意識が戻っても麻痺は残ります。」と告げられた時の 病室のカーテンの色。

病院側から「外傷はないが不審な状態で運び込まれた。」と連絡を受けた警察が来て、片時も離れたくなかった ICUから何度も呼び出され、供述にあいまいな点がないかどうか、その度に同じ事を訊かれ、 調書を取られたこと・・・・・。

・・・・・そして、そんな事にはお構いなしに、私たちの意思とは全く無関係に、運命の歯車は確実に回っていました。